JOURNAL

イタリア旅行記 Vol.1

夏休みに、家族でイタリアのフィレンツェとローマを訪れました。

ホテル、航空券、絶対に行きたい美術館等はあらかじめ予約しておき、あとは家族の希望を聞きながら、その日の行動を決める自由な旅。

降り注ぐ太陽を浴び、風を感じ、
歴史ある芸術や美しい街並みを眺めながら、その街で暮らすように歩く。
自分の目で見て、肌で感じる。
そんな時間をたっぷり味わいました。

とにかくひたすら歩き回り、じっくり観て、たくさん食べて、飲んで……気がつけば毎日平均2万歩も歩いていたほど。

―フィレンツェ編―


街全体が美術館のようなフィレンツェ。
美しいものが当たり前のように街へ溶け込んでいました。街のシンボルである「ドゥオモ」と「ジョットの鐘楼」は、遠くから見ても、白・緑・ピンクの大理石がつくり出す美しい色彩と均整のとれた姿に目を奪われます。


近づいていくとさらにびっくり。
色や質感の異なる大理石を巧みに組み合わせた建物に、モザイクタイルの幾何学模様。その隙間を埋め尽くすように、繊細な彫刻や装飾が隅々まで施されています。

遠くから観ても美しく、近づけば近づくほど、細部の美しさに圧倒される。600年も前の職人や建築家たちが、どれほどの手間と時間をかけて、こだわってつくり上げたのかと思うと、胸が熱くなりました。(ちなみにこの頃日本は室町時代)

フィレンツェの魅力は、ドゥオモや鐘楼だけではありません。石畳の路地を歩けば、歴史をまとう建物や美しい広場が次々と現れます。何気ない街角にたたずむ彫刻、壁に描かれた絵画。「次は何に出会える?」と胸を躍らせて歩く時間そのものが、この街の大きな魅力でした。

  

ーミケランジェロの「ダビデ像」ー

アカデミア美術館
「レプリカではなく、本物のダビデ像が観たい。」そんな長男の希望もあり、アカデミア美術館へ。ダビデ像の周囲をゆっくりと回りながら、360度様々な角度からダビデ像を見上げました。


 

彫刻とは思えないほどの肉体のリアリティ。
浮き出る血管、筋肉、手足の繊細さ、鋭い眼光。
石の塊から、これほどまでに生命力と躍動感を彫り出せるミケランジェロ。圧倒的な技術と感性に、言葉を忘れてしばらく魅入っていました。

写真やレプリカで見たことのあった「ダビデ像」ですが、本物を目の前にすると空気感そのものが違いすぎました。大きさ、存在自体が生み出す圧倒感。「本物に触れる」ということの意味を、教えられた瞬間でした。(あまりに感銘を受けて、今では私のスマホの待受画面になっています)

フィレンツェの街を歩いて感じたのは、「美しいものが特別な場所にだけ存在しているわけではない」ということ。

歴史ある建築も、彫刻も、石畳も、街角の小さな装飾も。すべてが街の中に自然に溶け込み、何百年もの時を超えて、今を生きる人たちの暮らしの中に存在しています。

 

美しいものを創り上げた人々一

それを大切に残していく人々一

何百年もの時を超えて、今を生きる人々の日々の暮らしと共存していること。

フィレンツェの街を歩きながら、そんなことに想いを巡らせました。

 

今回の旅で観たもの、感じたことは、これからの仕事や日々の暮らしの中にも、どこかでつながっていく気がします。いや、繋げますとも!必ずきっと。


次は、壮大なスケールの歴史を感じる「ローマ」について、よければ読んでください。

 

 

 

 

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